海外「私以外の人間の戦争は終わった」戦後29年間フィリピンに潜伏し続けた日本兵

小野田寛郎(おのだ ひろお)
1974年に元指揮官が日本から出向いて直接職務解除の命令を出すまでフィリピンで29年間持ちこたえた日本兵
小野田 寛郎(おのだ ひろお、1922年〈大正11年〉3月19日 - 2014年〈平成26年〉1月16日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は予備陸軍少尉。旧制海南中学校・久留米第一陸軍予備士官学校・陸軍中野学校二俣分校卒。

情報将校として太平洋戦争に従軍し遊撃戦(ゲリラ戦)を展開、第二次世界大戦終結から29年を経て、フィリピン・ルバング島から日本へ帰還した。


https://ja.wikipedia.org/wiki/小野田寛郎
1970年代への適応は大変だっただろうな
10年前、20年前のことを言われても、何が懐かしいのか理解できなかっただろう
1975年、兄に続いて日本を離れ、ブラジルで牛を飼い、農業を営むようになった
1976年に結婚し、マトグロッソ・デュ・スル州の日本人コミュニティーのリーダーとなった
1984年に帰国し、若者のための教育キャンプを立ち上げた
ブラジルに来たのは、お兄さんの家族が住んでいたからで、彼によると、当時の日本人社会(ブラジルの日本人社会は巨大)は、日本よりもまだ伝統的だったらしい
彼の兄の家族は今もブラジルにいる
彼は、年に3カ月間、ブラジルで過ごすために、ずっと帰ってきていた
彼の兄の孫は、戦争が終わったことを知らなかったのではなく、忠誠心や決して降伏しないという点で証明すべきものがあったのだろうと示唆している
ブラジルの日本人コミュニティはまだ存在するの?
日本の伝統的な価値観は残っている?
日系ブラジル人でググればWikipediaのページと複数の記事が出てくる
2018年のBBCの記事によると、ブラジルは日本以外で最大の日系人コミュニティがあり、約150万人いるという
罪のない人をたくさん殺した
彼に関する記事のタイトルには、いつもそのことが書かれていない
本当にそう
島の民間人からは、あまりいい顔をされなかった
湿度の高い中で銃を維持するために、パーム油やココナツ油を作った
もともと支給されていた銃は、完璧な状態で返却された
実際の戦争が終わってから起こった、おかしな歴史のすべてを説明しようとすることを想像すると……
核兵器?冷戦?月面着陸?テレビは?彼は多くのことを見逃していた
彼は2つの大きな戦争を知らなかった
朝鮮戦争が終わって、アメリカはフィリピンの基地をベトナム戦争の中継地として使っていた
正直なところ、当時の日本国民はもっと別の心配をしていた
この日本人はフィリピン人を殺し、略奪した
そして日本で英雄になった

殺人と強盗、それが彼が1974年まで生き延びることができた秘密で
彼は日本で「本物のサムライ」という称号まで手に入れた
義務や国への献身があり、そして精神的な病もあった
個人的には、一線を越えてしまったのだと思う
彼を英雄視する人は、彼の自伝を読む必要がある
彼は偏執狂で妄想癖があった
合理的な人間なら誰でも気づくような戦争終結のサインがたくさんあったのに、彼は地元の人々を殺害し続けた
私以外の人間の戦争は終わった
今週の某ガンダム・アニメのヒーロー的なセリフみたいだけど、30年以上も人を殺し続けるというのは、その心境を本当に理解できる人は少ないのではと思う
男は家に帰りたがらない
もし、彼の指揮官が戦争で生き残らなかったら、どうなっていただろうかといつも考えてしまう

この投稿へのコメント

名無しの海外まとめネット

小野田さんか~、特務機関だから筋金入りだろうな、つまり上司に当たる指揮官は居ない。

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名無しの海外まとめネット

武器を捨て敵前逃亡する隣のヘタレ民族の兵士とは大違いだな

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名無しの海外まとめネット

上官が説得に当たる形(それ以前に折衝そのものは済んでいるが)で投降してきたんだが

名無しの海外まとめネット

陸軍中野学校卒の士官ってのは、今で言うアメリカのグリーンベレーみたいなもんで後方浸透や現地工作が主任務、現地語、現地文化に精通して、中国大陸で中国人として浸透して馬賊になったりするような人達。一兵卒とはまた違うんだよな。

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名無しの海外まとめネット

この人はゴーストライターの暴露本読むと印象がすごく変わる

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名無しの海外まとめネット

この話題とはずれるけど、陸軍中野学校は優秀な諜報員育成学校だったけど、終戦後アメリカの報復を恐れ諜報のノウハウを全て廃棄してしまったことが悔やまれる。

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名無しの海外まとめネット

ゴーストライター?かどうかしらんが、
津田ってやつの本読んだけど、さほど印象なんて変わらなかったけどな
むしろ、津田って本人の感想ばかりが前面で、その胡散臭さに拍車がかかったのは覚えているw(いちいち同調を求めんなよ!って)
まあ、価値観はそれぞれなんだろうがな。
小野田さんの本は数冊読んでおり、とても興味深かった。

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名無しの海外まとめネット

ルバング島を支配していたのは小野田と小塚。

小野田がいたおかげで、米軍も共産ゲリラも山にはいれず、

村人も山にさえ入らなければ平和でいられた。

ある意味、島の守り神だったんだよ。

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名無しの海外まとめネット

バラエティー番組に出てたのは小野田さんだっけ、横井さんの方だっけ?

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名無しの海外まとめネット

こんな人がいたなんて考えられない、国のトップから地方まで詐欺師みたいな奴しかいないから。

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名無しの海外まとめネット

この人はスパイ諜報活動のため現地に残された つまり命令を実行してたんだよ
何も知らんかったのではない 村から携帯ラジオを盗み電池も放電して無駄のないよう蝋で電極を保護してた
日本の芸能も知ってて 都はるみが好きだって当時答えていた 陸軍中野学校出の ものすごいエリートなんだ一兵卒と一緒にすんなww

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名無しの海外まとめネット

軍人として命令に対して遂行し続けるのは正しい在り方だな

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名無しの海外まとめネット

この人フィリピン人に酷い事して生き延びてたのか。このスレ読むまで知らなかった。日本ではそういうの事は全然報道されてないな。だとしたら犯罪者として裁かれるべき人だね。

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名無しの海外まとめネット

このコメントから学べる事は多いよな。「戦争の敗者こそが悪として裁かれる」を見事に体現してるなと思う。

まぁ確かに「酷い事」なのかもしれないけど、日本人が発言してるなら結構思うところあるよな。当時のフィリピンってアメリカの植民地だし、男性はアメリカ軍がゲリラ兵として育てて銃も使わせて日本人を一方的に攻撃したりも勿論あったわけなんだが。
こういうコメントを見ると「日本人はどんな理不尽にも反抗してはいけない」が染み付いてるなと思った。戦時中にこういう考え方の人がいたら、白人優位主義は今でも続いてたと思うわ。

名無しの海外まとめネット

いうても一緒にいた他の隊員は現地人に始末された
甲標的から脱出した隊員も現地人に始末された
戦争なんてそんなもん

名無しの海外まとめネット

>フィリピンで29年間持ちこたえた・・
この人も自分じゃ言わないが、日本が嫌だったのさ。
何が起きてて「どうすべき」も「どうしたい」もロボットじゃないのだから
あったと思うんだ。でも、「日本に帰って暮す」という選択肢を選ぶなら
「ここの方がいいや」とただなっただけの気がする。
人間パンダ状態も嫌だったのか、実際にあれからすぐ日本を出てるだろ?

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名無しの海外まとめネット

あまりにとんちんかんすぎてちょっと何言ってるのかわからない

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