海外「秀吉はすばらしい」「歴史の勉強になったよ」豊臣秀吉が築いたものを知った外国人

天下統一を成し遂げた豊臣秀吉は、包囲した城の近くに、密かに城を築いたことがある
80日後、城を覆っていた木々を切り倒させ、一夜にして城が出現したように見せかけた
その後、敵はすぐに降伏した
80日で、城を作るのも大変なことだよね
ウィリアム征服王はイングランドに侵攻したとき、こういうことをした
数週間で木造の城を作り上げた
ワシントンはボストン包囲戦で似たようなことをした
陣地で土塁を築き、その後、牛と人力で一晩かけてドーチェスター高地に運んだ
秀吉:あはは、だまされたな、城は魔法で瞬時に出現させたわけやなく、実際には80日以上かけて築いたんや

敵:ああ知っている、作るのを見ていた、私たちはただ、その粘り強さに感心した
80日で城を建てたいか部下に聞いたら、みんな代わりに降伏したほうがいいと言っていたよ
3ヶ月は包囲されるには長い期間だ
敵は物資が不足していたのだろう
3ヶ月はかなり短いと思う
26年間続いたのもあったし……
征服の戦術だな
秀吉の伝記は素晴らしい
彼は川を迂回させて谷を水浸しにし、その谷の丘にある城を包囲したことがある
従来のやり方では人手が足りなかったから
降伏の条件の1つは特定の貴族がボートで出てきて、みんなが見ているところで切腹することだった
その切腹は悪趣味
実は、秀吉は城を、あらかじめ作られた部分を素早くつなぎ合わせることができるように作らせたんだ
一カ所に建てて、それを解体して好きなところに建て直す
ただの材木でできてるし
墨俣一夜城をイメージしているね
一夜城が2つもあったとはね!?
社会は秀吉の農民の悪知恵に対応できていなかったんだな
一夜城は、秀吉の出世に大きな役割を果たしたと思い始めたわ
秀吉については、吉川英治の「太閤記」という非常に優れた小説がある
一読の価値あり
吉川英治は「宮本武蔵」も書いているんだけど、これも素晴らしいと思う
秀吉の一番すごいところは、百姓に生まれて、日本の支配者にまで上り詰めたところ
そして、現代の団塊の世代のように、他の人がついてこれないように、梯子を引き上げたんだよね
日本で、風雲たけし城の次に好きな城
ありがとう!
歴史の勉強になったよ

この投稿へのコメント

名無しの海外まとめネット

2026には完成するで

名無しの海外まとめネット

北条攻めの話のはずなのに、墨俣と勘違いされている

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名無しの海外まとめネット

西遊記が好きだった外人にはおんな太閤記を見て欲しいね
西田敏行の八戒はめちゃ人気だったみたいだから

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名無しの海外まとめネット

北条時代の小田原城は今より西に在った
そこからは石垣山が目の前に見える

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名無しの海外まとめネット

墨俣一夜城は実際は馬防柵と火の見櫓レベルの組合せ程度だったらしい。大量の木材を筏を組んで川を下って運んだ。何の防壁もない中洲状態の墨俣に騎馬隊の直撃を防ぐ防壁代わりの馬防柵が在れば戦局はガラッと変わる。
難攻不落と思われた稲葉山城が陥落したのはこの単純な馬防柵と木を組んだだけの櫓のプレハブセットのお陰。

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名無しの海外まとめネット

そもそも城って今は石垣と土壁があるってイメージが強いが
戦国時代までは山城が一般的だし、それ以外は簡易な土塁に木の柵、物見の櫓がある、今で言う砦みたいなのが普通。
当時の「城」って言葉が独り歩きしている

名無しの海外まとめネット

百姓生まれって初めて聞いたわ
ずっと足軽出身で、だから懐で草履を温めた、というエピソードがあったのだとばかり。
なにか新しい発見でもあったんだろうか

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名無しの海外まとめネット

出自は諸説あり、百姓出身で確定していないよ

名無しの海外まとめネット

おいおい、江戸時代以前は「農民=武士」やんけ。
農民の敵は隣村の農民だというくらい、農民同士でも戦ってたぞ。

名無しの海外まとめネット

学研まんが人物日本史の豊臣秀吉の巻は「ズッコケ三人組」の挿し絵画家の筆で描かれていたから何度も読んだな、墨俣城のエピソードで『今で言うプレハブ建築方式よ!』ってセリフがあって小学生の自分はこれでプレハブを理解したわ

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